二ノ宮という人。

はい、どーもー。二ノ宮です。
ここでは、この私がどういった人なのか?を紹介するページです。
私のファンに限らず、最後までお付き合い下さいね☆
なお、ここでのお話しは多分にフィクションを含んでおり、尚且つ、思いっきり大袈裟に書いています。
あらかじめご了承下さい。

1.名前の秘密
 二ノ宮 綾(本名は訳あって明かせません)

2.現在の職業
 会社員(リーマン)

  地元の小さなソフトハウスで一生懸命(?)働いております。
  このHPの更新も実はここでやってます。家には全然環境が無いです。

3.出生の秘密
 1974年 2月12日に埼玉県浦和市にて産声をあげる。(寅年、水瓶座、A型)

  「先生、先生!大変です!二ノ宮さんの奥さん産気づきましたっ!」
  予定日まで後、一週間ほどあったのだが早産だったそうな。
  「なにぃ!予定は来週だっただろっ!くそっ!早産か」
  「分娩室に移動しています。すぐに来て下さい!」
  「分かった!今行く!」
  医師が分娩室に着くと看護婦が患者を励ましていた。
  「二ノ宮さん、いきんじゃだめですよまだ!頑張って!」
  「今、先生が来ましたからね。もう大丈夫ですよ!」
  ・・・1 hours later・・・
  「まずい!逆子だっ!」
  医師は必死に患者の下腹部をさすり逆子を正常な状態に戻した…
  おんぎゃー!おんぎゃー!

とまあ、こんな感じで生まれたんですが、やっぱ逆子だったのがまずかったんだなぁ…
ほら、おれってバカで、性格ひねくれてんじゃん(爆)

4.身長と体重
 180cm68kg(99/09/30現在)

  今は図体でかいですけど小学生の頃は飯もまともに食えない程、体弱かったっす。
  小学校2年までは病弱で、学校を殆ど休みか早退していた子でした。
  それがいまや…。「まぁまぁこんなおっきくなっちゃってぇ〜」(オバちゃん風味)
  ってな感じですな。(でっかくて悪かったな、フンッ!)
  身長が伸びてきたのが大体、中2位から。ぐんぐん伸びましたね。いや、ホントに。
  それまでは前から4番目ぐらいに並んでいたのが、中2の中頃には一番後ろですもん。
  やっぱ、成長期に運動するってぇのはいい事ですね。>今や思いっきり運動不足だが…
  高校生の時はもうバレー部、バスケ部から誘いが来たほどでした。どこも入らなかったけど。
  現在じゃこのくらいの身長だったらザラにいるのにねぇ。

5.二ノ宮の音楽関連
 今は、ノージャンル。つまり、好き嫌い無し。特に好きなのはJ−POP(女の子ボーカル)

  今でこそ、なんでも聴く人になったが、中学生まではゲーキチだったので、>今でもそうカモ(笑)
  ゲームのサントラばっか聴いてた。J−POPとかはもうそっちのけ。
  だから、友達とかとそういう話しになっても全然話題についていけなかった。
  あの頃で知っているっていったらBOOWY位。後はバービーボーイズとかレベッカとか、
  プリンセスプリンセスとか。ホントに誰でも知っているようなバンドばっかだった。
  でも、やっぱり興味があったのはゲーム音楽だった。

6.二ノ宮のDTM事情

  コピーを初めて作ったのが中2の時。
  あれは確か、「夢幻戦士ヴァリス」っていうゲームのOP。
  自宅の近くにパソコンショップが出来、そこの店主と仲良くなって毎日のようにパソコンを
  触っていた。ある日、店主が
   「二ノ宮君。こういう本があるんだけど」
  といって、本を持ってきた。雑誌名は「月刊BasicMagazine」(う〜んなつかしい)
  で、しおりのはさんであった場所を見るとMMLのソースがあった訳だ。
   「おじさん、これってなぁに?」
  当時、"MML(&BASIC)"の"M"の字も知らない私にはこのソースがただの暗号にしか見えなかった。
   「ん?それをそのまま、パソコンで打ち込むと音楽なるんだよ」
   「えっ?そうなの。じゃあ、やってみる!」
  で、意味も分からずひたすらにみたまんま打ち込む事、数日。
  実行すると軽快にゲームミュージックがながれ始める。
   「をををっ!すごいねぇこれ!」
   「だろ?これ、DTMっていうんだよ。」>この頃、DTMっていう言葉があったかは定かでないが。
  それからは、ソースの載った雑誌を買ってきてはひたすら打ち込んで聴いて感動する日々が続く。
  私は、高校入学と同時にアルバイトを始め、お金を貯めて貯めて貯めまくった。
  で、初めて手にしたパソコンがNEC「PC8801mkUFR」だった。
  当時、15万位(た、たけぇ〜)。無論中古で。昨年作ったPCなんて、10万円してないのにね。
  最初からBASICを立上げひたすらにMMLを打ち込みまくった。
  まぁ、あとはMIDIと出会うまではこの生活が続く。
  初めて、MIDIにであったのが専門学校の時で担任聴かされたのが発端。
  聴いた時の感想は、「CDで聴いてるみたい」だった。
  結局、MIDI音源の高価さに驚いた私はしばらくDTM活動を停止した。
  で、社会人一年生の時に今の師匠と出会う。
  初めて手にした音源が「Wingroove」っていうソフト音源。
  しばらくこれで作っていたが、物足りなさを感じ、先輩から「SC−55mkU」を購入。
  そして、改めてMIDIの素晴らしさを感じて大ハマり。
  次の年には、ボーナス一括で「SC−88Pro」を購入。で、現在に至る。
  ちうわけで、私のMIDI歴は非常に短いです。DTMで言ったら長いんですけど。

なんだか分からん自己紹介でしたが、いかがでした? 感想苦情があったら、メール掲示板へ。

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